2005年07月17日

MITSUZAWA 15000 7月16日湘南ベルマーレ戦

いつものあの丘の歩道橋に
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湘南サポも反対側の道路から
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ということで昨日は「MITSUZAWA 15000 PROJECT」という企画の日なのでした。

試合結果は内容より結果を意識した戦術に変えたにもかかわらず、勝ちという結果が得られないという、なんとも突き抜けるものを欠いたスコアレスドローに終わった。

イベントの結果は、動員5800人弱で15000人には届かないものの、いつもの3500人前後よりは十分上回る。
特にバックスタンド、ホーム側のゴール裏はほぼ埋まり、空席が目立つのはメインスタンドとアウェイ側のゴール裏のみという感じ。

おいらは数年振りにベルマーレのサポの友人を誘ったが、誘わなくても普通に来たのではないか?
といういまいち貢献してるんだかしてないんだか。
そして、昔ベルマーレがまだJ1にいた時にたまに平塚に行ってた時の話をした。
(横浜FCはJFLにいたころだったと思う)
クラウジオや中田ヒデやら田坂やらがごっそり抜けて、とにかく若い奴ばかり出てたもうJ2に落ちる
寸前の時代。
臼井が出てたはずなのに全く覚えてなくて、覚えているのはいつも後半に守備固めで出てきて
いまいち、活躍してなくてよれよれだった貞富の姿だった。
その後、貞富についてのマニアックな話へと。
貞富という選手が人気がある選手なのかは分からないが、我々は昨日の観客の中でも相当な貞富マニアに瞬間なったと思う。
かつての貞富とは見違えるようになったが、今だにいまいち顔を覚えられないのであった。




で、その話はよしとして、昨日のイベント、一つの伝説の一歩を踏み出したのは間違いないと思う。

オアシスやブラーらのイギリスのブリット・ポップのバンドの盛衰を描いた「リブ・フォーエバー」というドキュメンタリー映画がある。
その中でマンチェスターのムーブメントの初動期に、ストーン・ローゼスのフリーコンサートで広場にわらわらと人が集まるところを空撮で撮ったシーンがあるんだけれども、

そういう感じ。

何度かやっていけばいつか15000にたどり着くだろう。

特に、横浜のビブレといえば、東京でいえば渋谷のセンター街、若者の流行の最先端。
横浜で中高時代を過ごした人は青春時代を過ごした場所だし、三ツ沢は早い人は小学校から体育大会
で通ったはず。
「ビブレで集合して三ツ沢に行く」、というのはそういうドメスティックな符牒をきっちり踏んでいてすばらしい。

企画者のみなさんどうもありがとうございます。


いつものごとく何かまとまらずに唐突に書き終わるのだった、、、、、、、、
posted by Hachimitsu at 21:38| Comment(0) | TrackBack(0) | 観戦記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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